想定読者
拠点のインターネット回線を1本だけで運用している中小企業の経営者・総務・情報システム担当者の方です。
回線が止まったときに誰が何をするかが決まっておらず、予備回線を入れるべきか迷っている方を想定しています。
要点
- 回線が止まった日は「全部を復旧する」のではなく、先に動かす業務と後回しにする業務を事前に決めておく
- 予備回線(モバイル回線など)は容量が小さいため、止まると困る業務だけを載せる前提で位置づけを決める
- 切り替えの判断者・連絡手順・平常時の動作確認まで決めておくことで、当日に迷わず動ける
回線が1本止まると、なぜ業務全体が止まるのか

朝、出社したらパソコンはつながっているのに、メールも受注システムも開かない。電話も鳴らない。回線が1本しかない事務所では、これが現実に起こります。
以前は「インターネットは調べ物やメールに使うもの」でしたが、いまは見積書の送信、受注管理、電話、決済までが回線の上に乗っています。
回線が止まるとは、事務所の「業務の入口」が同時に塞がることを意味します。
「ネットが使えない」の中身を分けて考える
当日、現場から上がってくる報告は「ネットが使えない」の一言になりがちです。
ところが、原因と範囲はいくつかに分かれます。
- 事務所の外(回線事業者側)で障害が起きている
- 事務所内のルーターや機器が止まっている
- 特定のサービスだけがつながらない(クラウドサービス側の障害など)
- 一部のパソコンだけがつながらない(設定や無線の問題)
ここを最初に切り分けないと、ルーターを何度も再起動して時間を失ったり、実はサービス側の障害なのに回線を疑い続けたりします。
スマートフォンの回線で他のサイトが開くか、ほかの端末ではどうか、といった確認を、当日の最初の数分で行う順番にしておくだけでも、判断が早くなります。
なお、社内ネットが遅いときの切り分けは別の話題ですので、ここでは「完全につながらない」場合に絞って進めます。
回線障害は自社で直せない前提に立つ
事務所内の機器であれば再起動や交換で直せることもありますが、回線事業者側の障害は、自社では直せません。
復旧の見通しも自社では決められず、数十分で戻ることもあれば、半日以上かかることもあります。
つまり備えの中心は「早く直す方法」ではなく、「直るまでの間、どう仕事を続けるか」になります。復旧を待つ時間をゼロにはできない、と最初に割り切ることが出発点です。
全部を復旧しようとしない発想への切り替え
回線が止まった日に起こりやすい失敗は、全員が「全部を元通りにしよう」と動いてしまうことです。予備の回線は通常、本回線より容量が小さいため、全員が普段どおりに使うとすぐに詰まります。
動画会議、大きなファイルの送受信、ソフトウェアの自動更新などが一斉に走れば、本当に必要な業務まで止まってしまいます。
そこで発想を切り替えます。「止まった日は、先に動かす業務と、後回しにする業務を、あらかじめ決めておく」。
この考え方が、以降の内容すべての土台になります。
止まると困る業務を洗い出して優先順位をつける
業務ごとに「回線がないと何が起きるか」を書き出す

最初の作業は、回線に依存している業務を書き出すことです。ポイントは、システム名ではなく「業務」で書くことです。
「クラウドの受注システム」ではなく、「注文を受けて出荷指示を出す業務」と書きます。そのうえで、回線がないと何が起きるかを一言で添えます。
- 注文の確認ができず、出荷が遅れる
- 見積書が送れず、商談の返答が遅れる
- 電話が鳴らず、取引先や顧客からの連絡を取りこぼす
- カード決済ができず、売上の機会を逃す
担当者へのヒアリングは、30分程度のミーティングで十分です。「今日回線が止まったら、まず何に困りますか」と聞くと、現場の優先感覚が見えてきます。
止められる時間の長さで3段階に分ける
洗い出した業務は、「どれくらいの時間なら止まっても耐えられるか」で3段階に分けます。
- 第1段階:すぐ動かす(1〜2時間以内に再開したい)
- 第2段階:半日〜1日で再開できればよい
- 第3段階:復旧まで待てる(翌日以降でも影響が小さい)
分け方に正解はありません。大切なのは、経営者と現場で「ここまでは待てる」という認識をそろえることです。
クラウド・IP電話・決済・来客対応など見落としやすい依存先
具体例で考えます。従業員10〜30名程度の事務所で、回線依存の業務が次の4つだったとします(数字はあくまで例です)。
| 業務 | 止められる時間 | 予備回線に載せるか |
|---|---|---|
| 受注管理(クラウド) | 約1時間 | 載せる |
| IP電話 | 約1時間 | 載せる(転送で代替) |
| カード決済端末 | 約2時間 | 載せる |
| 見積書の送信 | 約半日 | 一部のみ載せる |
この例では、受注管理とIP電話は止まると売上と信用に直結するため、第1段階にします。決済端末は店頭やお客様対応がある場合に第1段階、なければ第2段階です。
見積書の送信は半日程度は待てても、期限のある案件だけは予備回線で送る、という切り分けにします。
ここで、全体で20人が働く事務所を想定します。そのうち、受注管理に関わるのが3人、電話応対が2人、決済が1人、見積書の作成が5人とします。
第1段階に必要な人数は最大でも6人程度です。残りの14人は、「ネットを使わない作業(書類整理、社内での打ち合わせなど)をしてもらう」「予備回線を使わず待機する」と決めておけば、予備回線の容量を、必要な人だけで使えます。
見落としやすい依存先も確認しておきます。
- ビジネスチャットやクラウドストレージ(共有資料が開けない)
- IP電話や、パソコンで使う電話ソフト
- クレジットカードや電子マネーの決済端末
- 来客時の受付システムや、オンライン予約
- 勤怠管理や、入退室の記録
- 社内の監視カメラの録画(クラウド保存の場合)
「うちはクラウドを使っていない」と思っていても、決済端末や勤怠、電話が回線に乗っていることはよくあります。
一覧に入れる際は、機器の裏側(ルーターにつながるケーブル)をたどって、回線を使う機器を実際に確認するのが確実です。
予備回線の位置づけと選択肢を決める
予備回線は「最低限の業務の代わり」と割り切る
予備回線は、本回線の「完全な代わり」ではありません。本回線ほどの速度や容量を持たないことが多く、全員が普段どおりに使えるとは限りません。
位置づけは、「第1段階の業務を動かすための、最低限の代わり」と割り切ります。
これは、予備回線にかける費用の考え方も整理してくれます。第1段階の業務だけを載せるなら、必要な通信量は限られ、高価な契約は必要ありません。
逆に、全員分の業務を載せようとすると、費用も管理の手間も大きく膨らみます。
モバイルルーター・テザリング・別事業者の固定回線を比べる
予備回線の主な選択肢を、目安で比較します。数値や費用は変わりやすいため、あくまで考え方の目安としてご覧ください。
モバイルルーターは、事務所に置いておき、停止時にすぐ使える点が利点です。
ただし、データ容量に上限がある契約が多く、動画会議などを使うと短時間で使い切ることがあります。
スマホのテザリングは、追加の契約が不要で、手軽に始められます。
一方、接続できる台数や、通信量の上限、スマホの電池の消耗が課題で、多人数での使用には向きません。
また、会社の端末を使うか私物を使うかのルールも決めておく必要があります。
別事業者の固定回線は、本回線と同程度の性能が期待できますが、費用が継続的にかかります。同じ設備を共有する回線同士だと、同時に止まることもあるため、導入時は「本回線とは別の経路か」を事業者に確認しておくと安心です。
選ぶ基準は、第1段階の業務をどれだけ載せたいかです。上の例のような10〜30名規模で、第1段階が数人分の業務なら、モバイルルーターで足りることが多いでしょう。
ただし、実際の通信量は業務によって違うため、一度、予備回線で第1段階の業務を動かしてみて、足りるかを確かめるのが確実です。
予備回線に載せる業務と載せない業務の線引き

線引きの原則は単純です。
- 載せる:第1段階の業務(受注、電話、決済など)と、期限のある案件の送信
- 載せない:大容量のファイル送受信、動画会議、ソフトの更新、動画視聴など
この線引きを紙に書き、予備回線に接続する端末を限定します。事務所の無線の名前(SSID)を普段と分けておき、予備回線につなぐ端末だけが接続するようにしておくと、容量を使い果たすリスクが下がります。
切り替えの判断者と連絡手順
誰がいつ障害と判断し、誰が切り替えるか
当日にもっとも時間を失うのは、「誰が決めるのか分からない」状態です。次の3点を事前に決めておきます。
- 障害の判断者:確認を始めてから何分つながらなければ、障害と判断するか(例:15分)
- 切り替えの実行者:予備回線をつなぐのは誰か
- 代理の担当者:判断者や実行者が休みのとき、誰が代わるか
判断の目安は、「再起動などの確認を済ませてもつながらない」「回線事業者の障害情報で、自社の地域が対象になっている」など、具体的な条件で書いておきます。
経営者の承認を待たなければ動けない仕組みだと、不在のときに止まってしまうため、一定の範囲は担当者の判断で動けるようにします。
社内・取引先・回線事業者への連絡の順番と代理担当
連絡の順番も決めておきます。目安は次のとおりです。
- 社内への一報:「回線障害の可能性。予備回線に切り替えるまで、第1段階の担当者以外は待機」
- 回線事業者への連絡:契約者名、回線の識別番号、状況を伝える
- 取引先・顧客への連絡:電話が通じない場合の代替連絡先(携帯電話や、問い合わせのメールなど)を知らせる
回線事業者の連絡先や契約番号は、ネットがつながらないと調べられません。印刷した紙に書き、複数の人が持っておくか、事務所の所定の場所に置きます。
また、IP電話が止まった場合に備えて、代表番号の転送先(担当者の携帯電話など)を事前に設定できるかを確認しておくと、取引先からの連絡を取りこぼしにくくなります。
平常時の動作確認と、よくある落とし穴
予備回線を「あるだけ」にしない定期確認

予備回線で最も多い失敗は、「契約したから安心」と考え、一度も使わないまま、いざというとき動かないことです。
年に1〜2回、できれば四半期に一度は、実際に切り替えて、第1段階の業務が動くかを確かめます。確認する内容は次のとおりです。
- 予備回線の端末が起動し、通信できる
- 第1段階の業務(受注システム、電話、決済端末)が予備回線で動く
- 切り替えにかかる時間が、想定の範囲内である
訓練の際は、実際に担当者が手順書を見ながら行い、分かりにくい箇所を直します。
データ容量・SIMの期限・VPNや固定IP制限
動作確認で見つかりやすい落とし穴は、次のとおりです。
- データ容量:契約の上限を超えると、速度が大きく落ちることがあります。残りの容量を確認する方法と、使いすぎない運用を決めておきます。
- SIMの有効期限:長く使わないSIMが、一定期間の未使用で無効になる場合があります。契約の条件を確認し、定期的に通信して期限を保ちます。
- 持ち出し機器の充電:モバイルルーターや予備のスマホは、いざというときに電池切れになっていがちです。充電器とセットで保管し、月に一度は充電状態を確認します。
- パスワードの保管場所:予備回線の接続パスワードや管理画面のログイン情報が、ネットがつながらないと見られない場所にあると、使えません。紙で保管し、持ち出し機器の近くに置きます。
- 接続先の制限:業務システムが、特定の固定の接続元(固定IPアドレス)からしかつなげない設定の場合、予備回線では入れないことがあります。第1段階の業務で、こうした制限がないかを事前に確認します。社外から接続する仕組み(VPN)を使っている場合も、予備回線で動くかを確かめておく必要があります。
これらは「当日に気づく」と致命的ですが、事前に一度試せば、ほとんど防げます。
まとめ:今週決める3つのことと事前確認チェックリスト
回線が止まった日の備えは、高価な設備よりも、先に決めておくことで成り立ちます。今週中に、次の3つを決めることをおすすめします。
- 回線に依存する業務を書き出し、3段階に分ける
- 予備回線に載せる業務を、第1段階に絞って決める
- 障害の判断者、切り替えの実行者、代理の担当者を決める
そのうえで、次のチェックリストで、現在の状況を確かめてみてください。
回線停止への備え 事前確認チェックリスト
業務と回線の整理
- [ ] 回線に依存している業務を、業務ごとに一覧にできる
- [ ] 各業務が、止まると何に困るかを一言で説明できる
- [ ] 業務を、止められる時間の長さで3段階に分けた
- [ ] 予備回線に載せる業務と載せない業務の線引きを文書にした
判断と連絡
- [ ] 障害と判断する条件と、判断者を決めた
- [ ] 予備回線への切り替え担当者と代理の担当者を決めた
- [ ] 回線事業者の連絡先と契約番号を紙で保管した
- [ ] 代表電話の転送先と、取引先への連絡手順を決めた
予備回線の確認
- [ ] 予備回線で第1段階の業務が動くことを実際に確認した
- [ ] データ容量、SIMの期限、機器の充電、パスワードの保管場所を確認した
すべてを一度に完璧にする必要はありません。まずは業務の書き出しと優先順位づけから始め、半年に一度は見直す習慣をつけることで、回線が止まった日にも、迷わず動ける事務所に近づいていきます。























