想定読者
5〜15名ほどのチームを率いる経営者・管理職の方です。来期の人員配置や研修を考える前に、メンバーが今できる業務と、これから伸ばしたい業務を整理したい方に向けて書いています。
要点
- 業務ごとに「担当者・習熟度・代わりに担える人」を1枚の表にまとめると、特定の人に偏った業務と、育成が必要な業務が見えてきます。
- 習熟度は4段階ほどの基準を先に決め、本人の自己評価と上司の見立てを突き合わせて記入します。
- 表で見つけた偏りとメンバーの希望を重ね、来期の育成計画(誰が・何を・いつまでに・どの方法で)に落とし込みます。
なぜ来期の計画の前にスキルの棚卸しが必要なのか

来期の人員配置や研修を考え始めるとき、多くの職場では「誰を異動させるか」「どんな研修を受けさせるか」から話が始まります。
しかし、その前に「今、誰が何をどこまでできるのか」を確かめておかないと、計画は管理職の記憶と印象だけを頼りに作られてしまいます。
スキルの棚卸しとは、チームの業務を一覧にして、それぞれを誰がどの程度できるかを表にまとめる作業です。
特別な制度や専用のソフトは必要なく、表計算ソフトが1つあれば始められます。
「あの人に聞けば分かる」が招く3つの困りごと

少人数のチームでは、業務が自然に特定の人へ集まります。「請求まわりは井上さんに聞けば分かる」という状態は頼もしい反面、次のような困りごとの種になります。
- 休みのときに止まる:担当者が急に休むと、その業務が誰にも進められず、取引先への対応が遅れます。
- 退職や異動のときに失われる:担当者が抜けた後に、何をどう進めていたのかを誰も説明できなくなります。
- 繁忙期に偏りが出る:忙しい時期に一部のメンバーだけが残業し、手の空いている人がいても手伝えません。
どれも、誰かが怠けているから起きるのではありません。「誰が何をできるか」がチームの中で見えていないために起きる問題です。
研修を先に決めたときに起きやすい失敗
棚卸しをせずに研修を決めると、次のような失敗が起こりがちです。
- すでに多くの人ができる内容の研修に、費用と時間をかけてしまう。
- 本当に不足している業務に手が打たれず、同じ人に負担が集中し続ける。
- 本人が望んでいない分野の研修になり、受講しても業務に活かされない。
研修は「不足を埋める手段」の一つです。何が不足しているのかが分からないままでは、手段を選ぶことができません。
棚卸しで分かること・分からないこと
棚卸しで分かるのは、業務ごとの担当の偏りと、代わりに担える人の有無、そしてメンバーが伸ばしたいと考えている方向です。
一方、分からないこともあります。成果の大きさや仕事ぶり、貢献度といった「評価」に当たる部分は、この表には載りません。
棚卸しは、評価や査定とは目的を分けて行うことが大切です。「誰が優れているか」を決める作業ではなく、「チームとして何が足りていて、何が足りないか」を確かめる作業だとあらかじめ位置づけておくと、メンバーも正直に記入しやすくなります。
業務を洗い出してスキルマップの表を作る
ここからは、実際の表の作り方を説明します。この表のことを、本記事では「スキルマップ」と呼びます。
業務(縦)と人(横)を一つの表で見比べられるようにしたものです。
まず「業務」を単位にそろえる

最初に行うのは、チームの業務を書き出すことです。ポイントは、粒度(細かさ)をそろえることです。
目安は「担当を決められる程度」です。
- 粗すぎる例:「経理」「営業」「制作」。ひとくくりにすると、中の偏りが見えません。
- 細かすぎる例:「請求書のPDFを保存する」。作業の一コマになり、表が数百行に膨らみます。
- ちょうどよい例:「請求書の発行」「見積書の作成」「月次の締め処理」。誰に任せるかを決められる単位です。
洗い出しは、管理職が1人で書くより、メンバーに「先週1週間でやった仕事」を付箋やメモで挙げてもらい、あとから整理するほうが漏れません。
自分では当たり前すぎて業務と意識していない仕事(電話の取り次ぎ、備品の発注、データのバックアップなど)が出てくるのも、この方法の利点です。
チームの規模にもよりますが、20〜40行に収まるくらいが扱いやすい量です。
表の項目
表の項目は、次の5つで十分です。
| 項目 | 書く内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 業務名 | 担当を決められる単位 | 1行に1業務 |
| 担当者 | 今その業務を行う人 | 複数でも可 |
| 習熟度 | 4段階の数字 | 基準は次で説明 |
| 代わりに担える人 | 急な不在に対応できる人 | いなければ「なし」 |
| 今後伸ばしたい人 | 習得を希望する人 | 本人の希望が前提 |
「代わりに担える人」は、「引き継ぎを受ければできる人」ではなく、「今日担当者が休んでも、何とか回せる人」と定義するとぶれません。
この定義を先に決めておくと、「なし」と書くべき業務が正直に浮かび上がります。
習熟度の4段階と、本人・上司の見立ての突き合わせ
習熟度は、「得意・普通・苦手」のようなあいまいな言葉ではなく、できることの中身で段階を分けます。
基準の例を次に示します。
| 段階 | 名称 | 目安 |
|---|---|---|
| 1 | 見ながらならできる | 手順書や先輩の確認が要る |
| 2 | 一人でできる | 通常の範囲を単独でこなす |
| 3 | 後輩に教えられる | 例外対応も判断できる |
| 4 | 改善・仕組み化できる | やり方を見直して整える |
この基準はあくまで一例です。自社の業務に合わせて言い換えて構いませんが、段階は4つ程度に絞ると迷いにくくなります。
5段階以上にすると「3と4の違い」で悩む時間が増え、2〜3段階だと差が見えなくなります。
進め方は次のとおりです。
- 基準をメンバー全員に見せ、「1は見ながらならできる、のように行動で判断する」と説明する。
- 各メンバーが、自分の担当している業務に、自己評価の数字を書き込む。
- 管理職も同じ業務に、別の列で見立ての数字を書き込む(本人の数字は見ずに書く)。
- 両者を並べ、1段階以内のずれは本人の数字を採用し、2段階以上ずれた業務だけ短い面談で理由を聞く。
ずれは「どちらかが間違い」という意味ではありません。本人は例外対応に自信がなくて低めに書き、上司は日頃の対応を見て高めに見ているなど、見ている場面が違うだけのことが多いのです。
ずれの理由を聞くことで、本人が不安に感じている点が分かり、育成のヒントにもなります。
記入例:6名のチームで表を作ってみる
ここで、架空のチームを使って記入例を示します。営業事務・制作・経理を兼務するメンバーなど6名の小さな会社で、名前はすべて仮名です。
| 業務名 | 担当者 | 習熟度 | 代わりに担える人 | 伸ばしたい人 |
|---|---|---|---|---|
| 見積書の作成 | 青木 | 3 | 井上 | 加藤 |
| 請求書の発行 | 井上 | 3 | 青木 | なし |
| 月次の経理締め | 遠藤 | 4 | なし | 井上 |
| 制作物の進行管理 | 宇野 | 3 | 小川 | 加藤 |
| 資料・画像のデザイン | 小川 | 3 | なし | 宇野 |
| 受発注システムの設定 | 加藤 | 2 | なし | 青木 |
| 顧客からの問い合わせ | 青木・加藤 | 2 | 全員 | なし |
この表を眺めると、いくつかのことが見えてきます。「月次の経理締め」は遠藤さんが習熟度4で担い、代わりはいません。
「資料・画像のデザイン」は小川さんだけ、「受発注システムの設定」は加藤さんだけが担当しています。
一方で「請求書の発行」と「見積書の作成」は、青木さんと井上さんが互いに代わりを務められる状態です。
つまり、このチームは「できる人がいない」のではなく、「できる人が1人しかいない業務がある」のが課題だと分かります。
次の章では、この表をどう読み取るかを具体的に見ていきます。
表から偏りを読み取り、育成計画に落とし込む
担当が1人だけの業務と、代わりが誰もいない業務を見つける
表ができたら、まず次の2つの条件で業務に印を付けます。
- 担当者が1人だけの業務
- 「代わりに担える人」が「なし」の業務
先ほどの例では、「月次の経理締め」「資料・画像のデザイン」「受発注システムの設定」の3つが両方に当てはまります。
この3業務は、担当者が不在になった時点で止まる可能性があります。
印を付けたら、次に業務の重さを考えます。止まったときの影響が大きいもの(取引先への請求、期日のある手続きなど)は、優先して代わりを育てます。
逆に、止まっても数日待てる業務は、順番を後ろにして構いません。ここでは、止まったときの影響が大きい「月次の経理締め」を最優先、「受発注システムの設定」を次点とします。
また、習熟度にも目を向けます。担当者の習熟度が2の業務は、本人もまだ一人立ちして間もないため、代わりを育てるより先に、担当者自身の習熟を進める必要があるかもしれません。
習熟度が4の遠藤さんの業務は、遠藤さんが教える側に回れるので、育成の方法として「OJT」が選びやすい業務です。
伸ばしたい業務とメンバーの希望を重ねて優先順位をつける

次に、表の「伸ばしたい人」の列と、各メンバーの希望を重ねます。希望は、表に書いてもらうだけでなく、面談で「来期、挑戦してみたい業務はありますか」と聞いて確かめます。
業務上の必要と本人の希望が一致していれば、育成はスムーズに進みます。例の中では、井上さんが「月次の経理締め」を学びたいと希望しており、必要性の高い業務と一致しています。
この組み合わせは真っ先に計画に入れます。
一方で、必要は高いのに誰も希望していない業務もあります。「受発注システムの設定」は、青木さんが希望している程度です。
このように食い違うときは、次の順で考えます。
- 業務上の必要性が高いものから、希望者がいるかを確認する。
- 希望者がいなければ、「やってみる気がありそうな人」に、無理のない範囲で打診する。
- 打診するときは、なぜその業務が必要なのか、その人に頼む理由は何かを具体的に伝える。
希望がない業務を、断りにくい形で押し付けてしまうと、本人の負担になるだけでなく、習得も進みません。
業務上の必要と本人の希望は、食い違うことを前提にして、話し合いで折り合いをつけます。
育成計画の型:誰が・何を・いつまでに・どの方法で

優先順位が決まったら、育成計画に落とし込みます。計画は「誰が・何を・いつまでに・どの方法で」の4点を、必ず1行で書ける形にします。
| 誰が | 何を | いつまでに | 方法 |
|---|---|---|---|
| 井上 | 月次の経理締め | 来期の前半 | OJT(遠藤が指導) |
| 青木 | 受発注の設定 | 来期の中頃 | 勉強会(加藤が講師) |
| 宇野 | 画像編集の基本 | 来期の終わり | 外部研修 |
方法の使い分けの目安は次のとおりです。
- OJT(実際の業務の中で教わる):社内に習熟度3〜4の人がいて、自社固有のやり方を学ぶ業務に向いています。例では、遠藤さんが井上さんに月次の締めを教えます。
- 勉強会(社内で教え合う):1人が持つ知識をまとめて共有でき、教える側の習熟度も上がります。社内で一番詳しい人が加藤さんなら、加藤さんが講師になり、青木さんが学びます。
- 外部研修(社外の講座を受ける):社内に教えられる人がいない分野や、基礎から体系的に学びたい分野に向いています。例のデザインでは、小川さんの経験を引き出すOJTも考えられますが、基礎を体系的に学ぶ必要があるため、外部研修を選んでいます。
計画で見落としがちなのが、時間の確保です。育成のための時間は、通常業務の「余った時間」には生まれません。
教える側も学ぶ側も、その分の業務量を調整する必要があります。たとえば、OJTの期間中は教える遠藤さんの担当業務の一部を他の人に移す、学ぶ井上さんの定例作業を一時的に減らす、といった調整です。
計画表には、研修の予定だけでなく「その間、誰のどの業務を減らすか」も一言書いておくと、実行の確度が高まります。
棚卸しを続けるための注意点
評価・査定と混同しないための伝え方と面談での聞き方
棚卸しで最も起きやすいのが、評価・査定との混同です。メンバーが「この表は自分の評価に使われる」と受け取ると、次のような問題が起こります。
- 自己評価を実際より低く書き、「できない人」と見られないようにする(または責任を避ける)。
- 逆に高く書き、「できる人」と見せようとする。
どちらも、表の正確さを損ないます。対処として、次の3点を実践します。
- 最初に目的を口頭で伝える。「この表は、休みや繁忙期にチームが止まらないようにするためのもので、評価には使いません」と明言する。
- 習熟度の数字は、「高いほど良い」ではなく、「業務の経験の深さを表す目安」と説明する。
- 面談では、「なぜこの数字ですか」と詰めるのではなく、「どこが難しいと感じますか」「どんな場面なら任せられそうですか」と、状況を聞く。
あわせて、メンバーの心理的な負担にも配慮します。「自分ができないことが可視化される」ことに不安を感じる人もいます。
表は全員が見られる形にして管理職自身の項目も載せる、できないことは「これから伸ばせる余地」だと伝える、といった工夫が有効です。
年1回で終わらせず、半期ごとに更新する運用
表は、一度作って終わりにすると、すぐ実態とずれてしまいます。メンバーの入れ替わりや業務の追加・廃止、習熟の進み具合で、状況は変わり続けるからです。
そこで、少なくとも半期ごとに、次のような手順で更新します。
- 業務の追加・廃止がないかを確認する。
- 習熟度の数字を、本人と上司で見直す。
- 育成計画の進み具合を確認し、遅れている項目の原因(時間が取れない、方法が合わないなど)を話し合う。
- 次の半期の計画を、同じ型で書き足す。
更新は、半日もかけなくて構いません。大切なのは、日程を先に予定表へ入れておくことです。「気づいたときに更新する」運用では、まず続きません。
また、更新のたびに全員で表を見直すことで、「担当が1人だけ」の業務が増えていないかを定期的に確認できます。
希望と業務上の必要が食い違ったとき
先に触れた食い違いは、運用を続ける中で何度も起きます。そのたびに、次の二点を意識してください。
- 本人の希望は、必ず記録に残す。すぐに叶えられなくても、「いつか検討する」候補として表に残しておくと、次の機会に活かせます。
- 業務上の必要を優先する場合は、理由を言葉にして説明する。「今期はチームとして、この業務の代わりを育てることが最優先だから」と伝えれば、納得感が変わります。
棚卸しの進め方チェックリストとまとめ
最後に、ここまでの手順をチェックリストにまとめます。自社の状況に当てはめながら、一つずつ確かめてみてください。
棚卸しの進め方チェックリスト
準備
- [ ] 担当を決められる粒度で、チームの業務を一覧にできる。
- [ ] 習熟度の4段階の基準を、全員が同じ意味で読める文章にできる。
- [ ] 目的は評価ではなく配置と育成のためだと、メンバーに説明した。
実施
- [ ] 本人の自己評価と上司の見立てを、同じ表に並べて記入できる。
- [ ] 見立てが2段階以上ずれた業務について、理由を聞く面談の時間を確保した。
- [ ] 担当が1人だけの業務と、代わりがいない業務に印を付けられる。
計画化と更新
- [ ] 伸ばしたい業務とメンバーの希望を重ね、育成の優先順位を決められる。
- [ ] 誰が・何を・いつまでに・どの方法でを書いた計画を、全員に共有した。
- [ ] 半期ごとに表を見直す日を、予定表に入れた。
まず1チーム・1枚の表から始める
スキルの棚卸しは、大がかりな準備がなくても始められます。まずは自分のチームの業務を書き出し、「業務名・担当者・習熟度・代わりに担える人」の4列で1枚の表を作ってみてください。
それだけで、担当が1人だけの業務や、代わりがいない業務が見つかるはずです。
表ができたら、メンバーの希望と重ねて、育成計画を「誰が・何を・いつまでに・どの方法で」の型に落とします。
そして半期ごとに見直します。この流れを一度回すだけで、来期の人員配置や研修は、感覚ではなく、チームの実態に沿って決められるようになります。
まずは1チーム、1枚の表から始めてみましょう。
仕組みを自社専用に育てるという選択:当社の取り組み
ここまで、表計算ソフト1枚で始められるスキルの棚卸しを紹介してきました。チームが大きくなったり、評価や目標管理とつなげたくなったりすると、専用のシステムを検討する段階が来るかもしれません。
当社(クアッドコンピテンス合同会社)では、特定のお客様専用のタレントマネジメントシステムやMBO評価システムも手掛けています。
誰がどんなスキルを持ち、どんな目標に向かっているのかを、そのお客様の経営に合わせた形で把握し、育成や配置に活かせる仕組みです。
一方で、こうしたシステムを、SaaSのような共通の基盤で多くの企業に同じ形で提供するつもりは、今のところありません。
理由は、HRの考え方や人材の価値創造は、経営戦略との共創が重要だと考えているからです。
たとえば、この記事で扱った習熟度の基準一つをとっても、「どの業務を、どこまでできる状態を目指すか」は、その会社が何で稼ぎ、どこへ向かうのかによって変わります。
育成の優先順位や、目標と評価のつなぎ方も同じです。
そのため、どの会社にも当てはまる「正解の型」をそのまま当てはめても、現場には根づきにくいと感じています。
当社のサービスは、基本的にクライアント企業と伴走して価値を生み出すことを目的としています。経営の方向性をうかがい、現場の実態を一緒に確かめながら、その会社に合った仕組みを形にしていく進め方です。
まずは、この記事の手順で自社のスキルの棚卸しを一度回してみてください。そのうえで、「経営戦略と人材育成をもっと結びつけたい」「自社に合った仕組みを一緒に考えてほしい」と感じられたときは、お気軽にご相談ください。






















