想定読者
部下やチームのやる気の低下に悩む経営者・管理職・人事担当者の方です。「どうせ無理」という空気を、本人を責めずに職場の仕組みで改善したい方に向けて書いています。
要点
- 学習性無力感とは、何をしても結果が変わらない経験が続き、変えられる場面でも動かなくなる状態のことです。2016年の見直しでは、受け身は既定の反応で、学習されるのは「制御できる」という感覚だと整理されました。
- 職場の主な原因は、繰り返しの否定・届かない目標・結果が見えない仕事・承認の多い手続きです。
- 中間目標と結果の見える化で「行動が結果につながった」経験を積ませ、失敗は能力ではなくやり方や準備の問題として一緒に見直すことが、防ぐ手立てになります。
学習性無力感とは|「どうせ無理」が生まれるしくみ
学習性無力感(Learned Helplessness)とは、自分が何をしても結果が変わらない経験が続いたせいで、状況を変えられる場面でも「どうせ無理」と動かなくなる状態のことです。
個人の性格や根性の問題ではなく、「行動と結果がつながらない」経験の積み重ねから生まれる反応として研究されてきました。
職場では、繰り返しの否定や届かない目標が主な原因になります。防ぐには、行動が結果につながる経験を意図して積ませることが要になります。
身近な例:選挙の一票とマイバッグ

皆さんは「どうせ、何をやっても無駄」と考えてしまうことはありませんか。
たとえば「選挙に投票したところで、自分の一票なんてどうせ意味がない」「コンビニやスーパーにマイバッグを持ち込んだところで、どうせ意味がない」といった具合です。
こうしたあきらめは、大きな事柄に対して一人ひとりが小さな行動を積み上げていくような場面で、特に感じやすいものです。
自分の行動と結果のつながりが見えないと、人は行動そのものをやめてしまいます。この感覚が仕事の場で広がったとき、組織のなかで起きるのが学習性無力感です。
学習性無力感の意味
もう少し丁寧に言うと、「自分の行動では結果を変えられない」という経験を重ねたことで、その見通しが他の場面にも広がってしまう状態です。
以前は変えられなかった状況が、いまは変えられる状況に変わっていても、本人にはそれが見えなくなっています。
ここで大切なのは、動かないことの原因を本人のやる気や能力に求めないことです。「行動しても結果が変わらなかった」という環境側の経験が積み重なった結果として起きるため、職場の仕組みを見直すことで改善の余地があります。
1967年、セリグマンらの犬の実験から始まった
この概念は、1967年に米国の心理学者マーティン・セリグマン(後にポジティブ心理学で知られるようになります)とスティーブン・マイヤーらが発表した、犬を使った実験から始まりました。
逃げられない電気ショックを経験した犬は、その後に逃げられる場面に置かれても、逃げたり避けたりする反応が妨げられたのです。
同じ年にオーバーマイヤーとセリグマンも、同様の結果を報告しています。
(出典:Failure to escape traumatic shock(Journal of Experimental Psychology))
研究でわかっていること|人での実験から2016年の見直しまで
動物の実験から始まった研究は、その後、人を対象にした実験へと広がりました。ここでは主な結果と、半世紀後の見直しを順に見ていきます。
人での実験:止められる音と止められない音
Hiroto(1974)の実験では、参加者を3つの群に分けました。不快な大きな音をボタンで止められる群、ボタンを押しても止められない群、何もしない群です。
その後、手で操作すれば音を止められる場面に移すと、前の段階で止められなかった群だけは、反応せずに音を聞き続けました。
ほかの2群はすぐに音を止めています。
さらに Hiroto & Seligman(1975)は、事前の課題を2種類にして比べました。
ひとつは音を止める「道具的課題」、もうひとつは正解が一定しない弁別課題という「認知的課題」です。
どちらの種類の経験でも、その後の課題(手で音を止める課題や、アナグラム20問)で無力感が現れました。
つまり、ある場面での「何をしてもだめ」という経験は、課題の種類をまたいで広がっていくのです。
(文献:Hiroto, D. S. (1974). Locus of control and learned helplessness. Journal of Experimental Psychology, 102(2)。Hiroto, D. S., & Seligman, M. E. P. (1975). Generality of learned helplessness in man. Journal of Personality and Social Psychology, 31(2), 311–327)
解けない課題が1つなら反発、続くと無力感

「解決できない課題でも、1つだけなら意欲的に取り組む」という話は、よく紹介されます。
ただし、これを「誰でも1つなら成績が上がる」と受け取るのは言い過ぎです。
Mikulincer(1988)は、解けない問題を1問・4問・0問のいずれかで与えて比べました。
すると、失敗を自分の原因と考えやすい人では、1問のときは続く課題の成績が上がり、4問のときは下がりました。
条件によって結果が分かれたということです。
この違いは、Wortman & Brehm(1975)の考え方で説明されます。小さな失敗のうちは、「自由にやれるはずだ」という思いが刺激されて反発(心理的リアクタンス)が起き、かえって頑張ります。
しかし失敗が大きかったり続いたりすると、反発は無力感に変わっていきます。「少し否定されるくらいが発奮材料になる」とは言えず、続けば無力感に変わりうるということです。
(文献:Mikulincer, M. (1988). Reactance and helplessness following exposure to unsolvable problems: The effects of attributional style. Journal of Personality and Social Psychology, 54(4), 679–686。Wortman, C. B., & Brehm, J. W. (1975). Responses to uncontrollable outcomes: An integration of reactance theory and the learned helplessness model. Advances in Experimental Social Psychology, 8)
2016年の見直し:学習されるのは「制御できる」という感覚
提唱から約50年後の2016年、セリグマンとマイヤーは、脳科学の知見をもとに理論を見直しました。
その結論は、元の理論は逆だった、というものです。
- 長く続く嫌な出来事に対して受け身になるのは、学習されたものではなく、もともと備わっている既定の反応である
- 学習されるのは、むしろ「自分は状況を制御できる」という感覚のほうである
- 脳の内側前頭前皮質が「制御できる」ことを検出すると、受け身を生み出す部分(背側縫線核)の働きが抑えられる
つまり、何もしなければ人は受け身に傾きやすく、「自分の行動で結果が変わった」という経験を重ねることで、はじめて「動けば変えられる」という感覚が育ちます。
これは、行動が結果につながる経験(随伴経験)を積ませることが大切だという考え方を、むしろ強く裏付けるものです。
職場でも、やる気を出させようと励ますより、「動いたら変わった」という経験を仕組みとして用意するほうが理にかなっています。
(出典:Learned helplessness at fifty: Insights from neuroscience(Psychological Review))
職場で起きる原因|否定・届かない目標・見えない結果・重い手続き
繰り返しの否定・届かない目標・結果が見えない仕事・承認の多い手続き

職場で「何をしても変わらない」という経験を生みやすい場面は、主に次の4つです。
| 場面 | 起きやすい受け止め方 |
|---|---|
| 繰り返しの否定 | 何を出しても通らない |
| 届かない目標 | 頑張っても到達しない |
| 結果が見えない仕事 | やった成果が分からない |
| 承認の多い手続き | 自分では決められない |
最も多いのは、上司から繰り返し否定されるパターンです。上司本人は部下のためを思って伝えていても、部下にとっては「何度も否定された」という経験に変わりありません。

届かない目標も同じです。事業の条件が以前とあまり変わらないのに「今期は2倍の目標を達成してほしい」と求められると、どれだけ動いても結果に届かないという経験が積み上がります。
結果が見えない仕事や、承認の段階が多い手続きも見落とせません。意思決定者が誰か分からない、複数の上司に稟議を通さなければならない、といった状況では、自分の行動から結果までの道のりが遠のきます。
ツールを導入して手続きを電子化しても、この構造が残っていれば、部下の「自分では変えられない」という感覚は変わりません。
見える化と中間目標、失敗の原因を一緒に見直す
結果の見える化と中間目標を置く

学習性無力感を防ぐ土台は、「自分の行動が良い結果につながった」と実感できる経験を積ませることです。
「やってみたらうまくいった」という経験が随伴経験、「やってもうまくいかなかった」という経験が非随伴経験にあたります。
随伴経験が少なく、非随伴経験が多いほど、無力感は芽生えやすくなります。

そのために有効なのが、最終的な成果の手前に中間目標を置き、結果を見えるようにすることです。たとえば広告やチラシなどの販促では、売上にすぐ反映されるとは限りません。
そこで、通常日と比べた来店者数の増加や、特典クーポンの持参人数を目標値にして、達成度で効果を測ります。
テレアポであれば、担当者につながった件数、資料請求の件数、アポイントが取れた件数などを数値にします。
売上に届いていなくても、「やったことで結果が出た」と実感できるからです。
開発・設計・製造などの担当者にも、売上や顧客満足度のアンケート結果を見える形で届けることで、自分の仕事が成果につながっている感覚を持ってもらえます。
目標は、全員に同じ水準を当てはめるのではなく、一人ひとりの状況に合ったものを置くのがポイントです。
遠すぎれば届かず、近すぎれば手応えがありません。積み上げ型の目標の考え方は、次の記事も参考になります。
なお、QuadComでは「マーケティングデザイン」として、戦略立案・KPI設定、効果測定・改善、マーケティング人材育成を支援しています。
中間目標の設計と成果の見える化は、まさにこの領域にあたります。
失敗の原因を一緒に見直す:帰属の再訓練

目標が適正でも、結果が出ないことはあります。そのときの原因の受け止め方が、その後の意欲を左右します。
Abramson らは1978年に、失敗の原因の受け止め方を3つの軸で整理しました。「自分のせいで、いつも、何をやってもだめ」と受け止めると、無力感が長引き、広がりやすくなります。
| 軸 | 無力感を強める見方 | 立て直しやすい見方 |
|---|---|---|
| 内的か外的か | 自分の能力がない | やり方や準備に課題 |
| 安定的か | いつもこうなる | 今回の条件が悪かった |
| 全般的か | 何をやってもだめ | この場面での課題 |
(出典:Learned helplessness in humans: Critique and reformulation(Journal of Abnormal Psychology))
ここで注意したいのは、「足りなかったのは能力や努力だ」と実感させようとしないことです。能力のせいだと受け止めさせるのは、上の表の左側、つまり無力感を強める見方を後押ししてしまいます。
目標が適正だと納得してもらったうえで、「足りなかったのは能力ではなく、やり方や準備だった」と一緒に見直しましょう。
失敗の原因を、変えられるやり方の側に置き直すこの方法を、帰属の再訓練(再帰属)といいます。
Dweck(1975)の研究では、失敗の原因を「能力が足りない」ではなく「努力ややり方が足りない」と考えるよう教えた群は、失敗のあとも成績を保つか伸ばしました。
一方、成功体験だけを与えた群は、失敗のあとに成績が下がりました。成功体験を積ませることは大切ですが、それだけでは失敗に弱いままです。
成功だけでなく、失敗から立て直した経験も一緒に積ませることが欠かせません。
(文献:Dweck, C. S. (1975). The role of expectations and attributions in the alleviation of learned helplessness. Journal of Personality and Social Psychology, 31(4), 674–685)
進め方は、振り返りの場を、結果が出た直後に短く設けるのが基本です。「何が起きたか」「やり方や準備のどこを変えるか」を一緒に言葉にし、次の一手を決めます。
個人を責める場にせず、PDCAを回す習慣にすることが、他責や無力感が広がるのを防ぎます。自分の考えを一歩引いて見直す視点は、次の記事も参考になります。
ツール選びと働き方の見直し
生産性パラドックスとツールの選び方
情報技術に投資をしても、生産性が上がるどころか伸び悩む状況を「生産性パラドックス(Productivity Paradox)」といいます。
経済学者のロバート・ソローが1987年に「コンピューターの時代はあらゆるところに見えるが、生産性の統計にだけは見えない」と述べたことが始まりとされ、その後 Brynjolfsson(1993)が整理しました。
ツールは手段であり、目的ではありません。使い方に合っていなければ、成果は出にくいのです。
(文献:Solow, R. (1987), New York Times Book Review, 7月12日。Brynjolfsson, E. (1993). The productivity paradox of information technology. Communications of the ACM, 36(12), 66–77)

市場にはツールがあふれており、どれが自社に合うのか分からなくなるのも無理はありません。選ぶときは、導入実績の多さよりも、業務の課題から一緒に考えてくれるか、自社の使い方に合わせて調整できるかを見るのがおすすめです。
たとえば当社のワークツール「Q-Tools」は、当社が日々の業務で必要としたものを自分たちで作って使っているツールです。
使わない機能は入れず、自社開発のため項目の追加や画面の調整にも対応できます。こうした「業務に合わせて調整できるか」が、ツール選びの一つの目安になります。
長時間労働と承認手続きの見直し

人間は、環境や時間帯によって生産性が大きく変わります。集中できる時間帯や環境も、人によって違います。
長く働けばそれに比例して成果が伸びるわけではないため、単に時間を延ばすのではなく、休憩を挟みながら集中できる環境を整えることが、成果にも意欲にもつながります。

また、前の章で触れたとおり、意思決定者が明確でない仕事や、承認の段階が多い手続きは、部下が結果にたどり着く道のりを遠くします。
決裁の範囲を明確にする、承認の段階を減らす、現場に任せられる範囲を決めるといった見直しは、業務の速度を上げるだけでなく、「自分で決めて動けば結果が変わる」という感覚を取り戻すことにもつながります。
チェックリストとまとめ
部下・チームの状態を確かめるチェックリスト
次の項目は、本人の状態を判定するものではなく、上司・職場側の仕組みを点検するためのものです。
部下・チームが無力感に陥っていないかの確認チェックリスト
- [ ] 最終目標の手前に、一人ひとりの状況に合った中間目標が置かれている
- [ ] 行動の成果が、数値や事実として本人に届いている
- [ ] 目標の水準について、本人が適正だと納得できている
- [ ] 失敗のあとに、原因をやり方や準備の面から一緒に見直している
- [ ] 成功だけでなく、失敗から立て直した経験も振り返る機会がある
- [ ] 意思決定者が明確で、承認の段階が必要以上に多くなっていない
- [ ] 否定が続いていないか、上司自身が見直す機会を持てている
- [ ] 導入したツールや手続きが、実際の業務に合わせて調整されている
まとめ:適切な目標×適切な業務戦略×適切な手法

学習性無力感は、本人の性格ややる気の問題ではなく、「何をしても結果が変わらない」経験の積み重ねから生まれます。
2016年の見直しでも、学習されるのは「制御できる」という感覚であり、何もしなければ受け身になりやすいことが示されました。
だからこそ、行動が結果につながる経験を、仕組みとして意識的に用意することが大切です。
大切なことは、「適切な目標×適切な業務戦略×適切な手法」です。まず一人ひとりに合った適切な目標を立て、その達成に向けた業務の進め方を計画し、それに合った手法(ツール)を選びます。
そして結果を見えるようにし、うまくいかなかったときは、やり方や準備を一緒に見直す。この積み重ねが、「どうせ無理」を「動けば変わる」に変えていきます。
人材をどう育て、組織をどう運営するかの全体像は、次の記事もあわせてご覧ください。
























