【どこからでも高速で繋がるインターネット】Starlink(スターリンク)の世界

最近注目を集めている衛星インターネットサービス「Starlink(スターリンク)」について、皆様は使用経験がございますか?

当社は大型フェリーのネットワーク設計を担当している関係で、従来の衛星通信およびモバイル通信からStarlinkへと切り替える仕事をしています。

今回は、この経験を基に、Starlink(スターリンク)の特徴及び従来の通信手段との差異に関して、記事を執筆します。

4万機の人工衛星でインターネット網を構築「Starlink(スターリンク)」とは?

Starlinkは、イーロン・マスク氏率いるSpaceXによって開発・運用されている、低軌道の「衛星コンステレーション」を基盤とした衛星インターネットサービスです。

数千の通信衛星を使用して構築されたこのネットワークは、将来は42,000機の衛星を打ち上げ、地球上のどの地点からでも高速インターネット接続を可能にすることを目指しています。

SpaceXが提供するStarlinkサービス
SpaceXが提供するStarlinkサービス

世界の約50%の地域では、依然としてインターネットへのアクセスが困難です。この社会的課題に対処するため、著名な起業家たちはデジタルデバイドの解消を目指し、衛星通信技術の普及に取り組んでいます。

衛星通信業界は、市場規模が大きく、2030年までには約540億ドルに達すると予測されています。

SpaceXは、高額なロケット打ち上げ事業を展開しており、その費用をインターネット接続サービスからの収益で賄える数少ない企業の一つです。

従来の衛星インターネットサービスとの違い

例えば、国内で代表的な従来の衛星インターネットサービスとして「JSATサービス」があります。

JSATとStarlinkはどちらも衛星通信サービスを提供していますが、いくつかの重要な点で異なります。

以下の図の通り、JSATは静止軌道(GEO)を利用しており、その衛星は約36,000kmの高度で運用されています。静止軌道の衛星は地球と同期して回転するため、アンテナの方向を変える必要がなく、広い範囲をカバーすることができます。

一方、Starlinkは低軌道衛星(LEO)を使用し、約550kmの高度で運用されています。

地球上空の衛星配置図
地球上空の衛星配置図

低軌道(LEO)は高度が低いため、通信遅延が少なく高速な通信を実現できますが、それを達成するためにはより多くの衛星が必要です。

この特性により、Starlinkは小型アンテナでも高速な通信速度と低遅延を実現し、インターネットサービスにおいて圧倒的な利点を提供します。

Starlinkの実測スピードは、下りで約200~300Mbps、上りで約10~20Mbpsであり、遅延は約100msとされています。これは、ゲーマーにとっても使用可能な範囲内であると考えられます。

一方、JSATは主に企業向け、ブロードキャスト、通信、データ通信サービス、災害時のバックアップ通信として利用されています。

対照的に、Starlinkは個人利用や企業向けのインターネット接続、光ファイバーが届かない地域へのブロードバンドサービスに適しています。

利用料金の違い

また、JSATのサービス料金は、月額数万円から数十万円と非常に高額です。私が関わったフェリー事業では、月額50万円のプランを2契約利用していました。

これに対し、Starlinkの個人向けプランでは、スターターキットの購入費用が55,000円、月額使用料は6,600円からと非常にリーズナブルです。これらの価格は記事作成時点のものであり、最新の情報については公式サイトでご確認ください。

Starlinkはビジネスユーザー向けにも「Starlink Business」という料金プランを提供しています。このプランの初期設定費用は365,000円、月額料金は16,600円からで、40GBのデータ利用を想定した場合の料金です。価格は記事作成時点のものであり、最新の情報については公式サイトでご確認いただけます。

Starlinkを支える周辺機器の技術

Starlinkは、通信衛星4,000機以上を高度550kmの低軌道上に配置し、従来の静止軌道衛星と比べて地表からの距離を約65分の1に減少させることで、大幅に低遅延と高速伝送を実現しています。

フェーズドアレイアンテナ
フェーズドアレイアンテナ

このシステムでは、フェーズドアレイアンテナという特殊な技術を使用しています。

このアンテナは、航空機や船舶のレーダーシステムにも用いられ、電流の位相を変更することで、固定状態のまま電波ビームを任意の方向に指向できる特徴があります。

設置時には方向性を考慮する必要がなく、アプリを使用して上空の障害物の有無を確認するだけで設置可能です。また、空中波による受信が可能なため、山間部や地下室でも高品質な受信が可能です。

移動中でも電波を追尾し、電波途切れを最小限に抑える設計となっています。

さらに、悪天候への対策も施されています。融雪機能が搭載されており、雪が積もった場合には自動的に雪を溶かすことができます。この機能は手動でのON/OFF切替も可能です。

ただし、雨雲などの気象条件の影響を受けることがあります。雨雲に覆われた状態での計測では、信号の減衰が確認されることがありますが、下り速度は100Mbps程度を保っており、インターネット閲覧などの用途では実用に問題ないレベルです。

主なネットワーク機器

Starlinkでは、契約するロケーションプランに応じて様々な機器が提供されます。アンテナとWi-Fiルータを接続するための付属ケーブルはUSB Type-C仕様で、長さは約25メートルです。

また、設置場所に応じて選べる様々なアタッチメントが販売されています。

設置場所によってアタッチメントが必要
設置場所によってアタッチメントが必要
付属のネットワークケーブルはUSB Type-C
付属のネットワークケーブルはUSB Type-C

全てのプランにメッシュWi-Fiルータが提供されますが、ルータの近くや真下、真上での使用は適していますが、距離が離れるとメッシュ機能でもカバレッジは限定されます。

そのため、2階建て以上の一戸建て住宅での使用には、別売りのイーサネットアダプタを購入し、有線接続や他のWi-Fiルータ、スイッチングハブへの接続を推奨します。

メッシュWi-Fiルータ
メッシュWi-Fiルータ
有線イーサネットアダプタ
有線イーサネットアダプタ

実際に、当社が運営する大型フェリーでは、付属のルータを使用せずに既存のネットワークに接続し、システムを構築しています。

企業内や公共施設での使用では、既存の UTM やその他認証システムを含むネットワーク設計の更新が必要になる場合があります。

ただし、Starlink公式アプリを利用して電波状況をリアルタイムで確認する機能は、カスタマイズによって使用できなくなる可能性があるため、自宅使用のユーザーにはカスタマイズは推奨しません。

ちなみに、当社でStarlinkの接続設定を行った際に調査したネットワーク経路は次のとおりです。

Starlinkのネットワーク経路
Starlinkのネットワーク経路

GoogleのパブリックDNSに tracert コマンドを打つと、Starlink は衛星の次に地上局に降り、そこから先は地上へ通信していることが分かります。

tracert の2番目に現れる「100.64.0.1」は地上局であることが想定されます。

ここで通信事業者が加入者とインターネットの間でNAT変換を行うキャリアグレードNAT(CGNAT)が行われており、その先にSpaceX、IX、目的の DNSサーバー という流れになっています。

Starlinkの活用事例

Starlinkは、これまでインターネット接続が困難だった地域や業界に導入が進んでいます。

具体的には、離島や山岳地帯、クルーズ船、被災地、戦地、遠隔医療などが対象です。当社が直接関わっているのはフェリー・クルーズ船の分野です。

東海大学の望星丸にStarlinkを搭載した事例は、海上での通信サービス利用の先駆けです。

商船三井とKDDIは、2023年8月からクルーズ船、フェリー、内航RORO船におけるStarlinkのトライアルを開始しました。このトライアルの目的は、船上での高速・低遅延インターネット接続の提供、陸上との情報格差の解消、乗客および乗務員の満足度向上です。

大阪~志布志航路「さんふらわあ さつま」
大阪~志布志航路「さんふらわあ さつま」

さんふらわあ・さつまでは、旅客向けのトライアルが既に始まっており、クルーズ船飛鳥IIでも運用が開始されたと報じられています

海外航路では、電波法の関連規則が改正され次第、対応予定です。

従来、船舶でのインターネット接続は衛星通信や船舶専用通信サービスに頼っていましたが、これらは速度の遅さや高コストなどの問題がありました。

Starlinkの導入は乗組員の生活品質(QOL)を大幅に向上させる重要な効果ももたらします。

特にクルーズ船の乗組員にとって、SNSの利用や家族との即時メッセージング、ビデオ通話が可能になることは、生活の質の改善に直結します。
これにより、将来的には離職率の低下が期待されます。

BCP対策に活用

StarlinkはBCP(事業継続計画)対策にも大きな役割を果たすと期待されています。

BCP対策になる
BCP対策になる

BCPとは、災害やパンデミックなどの緊急事態が発生した場合にも事業活動を継続できるようにする計画を指します。

自然災害やサイバー攻撃のリスク増加に伴い、BCPの重要性は高まっています。

Starlinkは、従来の地上ベースの通信インフラと異なり、衛星通信を利用しています。このため、災害や停電の影響を受けにくいという特性を持っています。StarlinkをBCP対策に活用することには、以下のメリットがあります。

  • 通信継続性:災害や停電時でも通信を継続可能。
  • リモートワークの促進:リモートワークやテレワークを円滑に支援。
  • 事業拠点の分散:事業拠点の分散化を容易に実現。
  • コスト削減:BCP関連のコストを削減可能。

特に、災害時の連絡手段、リモートワーク環境の構築、事業拠点のバックアップ回線、重要データのバックアップなどにおいて、Starlinkは有効な手段となります。

能登半島地震で復帰した穴水町役場の事例

石川県の能登半島中央に位置する穴水町では、2024年1月4日に役場の裏手で土砂崩れが発生。

引き込んでいた光回線が断線しただけでなく、土砂がサーバー室にまでなだれ込んで役場内のネットワークがつながらなくなったそうです。

しかし、こうした危機的状況の中、北陸通信ネットワークは役場の通信環境を早急に回復させたそうです。

その際に、インターネット環境を素早く復帰させたのが、Starlinkです。
通信速度は毎秒50メガビット程度を計測し、WEB会議にも適用ができたそうです。

ソフトバンクは、総務省と石川県からの要請と協力に基づき、石川県内の行政機関や公共施設などに「Starlink Business」の機材100台を無償提供しました。

ソフトバンク株式会社 プレスリリース「「Starlink Business」の機材100台を無償提供」より抜粋

今後の展開と課題

スペースデブリの問題

Starlinkを含む将来の宇宙活動においては、約4万機のStarlink衛星と他社を含めた合計10万機以上の小型衛星が地球周辺に打ち上げられる見込みです。

スペースデブリの問題
スペースデブリの問題

これにより、「スペースデブリ」、すなわち宇宙のごみが大きな問題になります。

宇宙の軌道上には、運用終了後の衛星、ロケットの破片、宇宙ステーションからのゴミ、衛星同士の衝突で生じた破片などが存在します。

現在、地上から観測可能な10cm以上のデブリは約2万個、1cm以上の観測不可能なデブリは50~70万個、1mm以上のデブリは1億個以上存在すると推測されています。

これらのデブリは運用中の衛星に衝突し、新たなデブリを生み出す悪循環を引き起こしています。Starlinkはこの問題に対処するため、運用終了時に自ら大気圏に突入し燃え尽きる設計が施されています。

最新技術と参入企業の増加

衛星インターネットビジネスは、参入企業の増加とともに拡大しています。Amazonの「Kuiper Project」や英国政府とBharti Enterprisesの「OneWeb」、カナダの「Telesat Lightspeed」、中国のプロジェクトなどが挙げられます。これらのプロジェクトは、Starlinkと競合する可能性があります。

衛星間通信と地上局の課題

Starlinkは、アンテナと地上局が同一の衛星カバー範囲内に存在することを前提としていますが、これにより沖縄など一部地域でのサービス提供が難しい問題があります。

これを解決するため、衛星間通信(Inter Satellite Link)が導入され、衛星同士がレーザー光を用いて直接データをやり取りできるようになりました。

これにより、離れた地上局間でデータをやり取りすることが可能となり、地上を経由せずに海外サーバーへの高速アクセスが実現される可能性があります。

スマホと衛星のダイレクト通信

KDDIとStarlinkの提携によるスマホと衛星のダイレクト通信米AST SpaceMobileの開発する災害時の通信切り替えサービス(楽天、米AT&T、英ボーダフォン、Googleなどが参画)など、衛星インターネットの応用範囲は広がりを見せています。

「SpaceMobile(スペースモバイル)」プロジェクト(楽天モバイルのプレスリリースより)
「SpaceMobile(スペースモバイル)」プロジェクト(楽天モバイルのプレスリリースより)

特に、AST SpaceMobileは25m×25mの大型衛星を用いて、少数の衛星でもモバイル通信を実現することが可能であると報告されています。2026年には楽天とのサービス開始を目指しています。衛星からの電波は、縦方向への伝播時に減衰するため、高層ビル内のユーザーへの配信は困難です。しかし、地上波とのハイブリッド化により、シームレスな接続が可能になるとされています。

スマートフォンが直接衛星と通信することにより、リモートエリアでの通信強化や災害時の通信維持に寄与すると期待されています。いずれは、5G・6Gと衛星インターネットが連携していくことでしょう。

まとめ

これまで高速常時接続が難しかったロケーションにStarlinkが導入されることで、便利になる側面もあれば、リスクも発生すると考えています。

具体的には、船舶へのサイバー攻撃などが一例です。船舶にも事務所があって、業務上必要なPCが稼働していますし、キャッシュレス決済システムやエンジン等の稼働状況をリモートでロギングする仕組みもあります。

今後はそういった場所に対しても、サイバー攻撃に備えてファイアウォールやUTM等のセキュリティ設備が必要となってくるでしょう。

当社では、これまで病院やホテル向けに導入してきたネットワーク設計の経験がありますので、それをこれらの業界へも提案していくつもりです。

今後も衛星インターネットの利用は拡大し、多様な領域での命綱としての役割を果たしていくことでしょう。

この分野での最新情報を追い続けることは、私たちのビジネスにおいて重要な意味を持つと考えています。

Googleニュースアプリで最新情報をゲット!

Quad CompetenceのブログはGoogleニュースからご覧いただけます。
Googleニュースで当サイトのフォローをしていただければ、最新情報のチェックが可能です。

Quad CompetenceのブログはGoogleニュースからご覧いただけます
Quad CompetenceのブログはGoogleニュースからご覧いただけます
左上に表示されるフォローをクリック

Googleニュース又はGoogleニュースアプリ(Android/iOS)の上部検索窓から「Quad Competence」と検索してフォローいただくと、最新ニュースが配信されます(左上に表示)。Googleアカウントをお持ちの方は、ぜひよろしくお願いします!

▼略歴

  • 東京都世田谷区生まれ
  • 学生時代には経営・財務の分野を学び、建設・不動産業界で経理部に在席。
  • 家電メーカーにて直営店舗の運営、マーチャンダイザーを経験。PCのBTOビジネス推進やホームネットワークの普及推進、デジタル家電活用のセミナー講師、直営の免税店を経験。
    同時に、グループ企業のWEBマスターとして、ポータルサイト、eコマースサイトの制作・運営、情報セキュリティマネジメント、ナレッジマネジメントを推進。
  • 家電量販店にて情報部門リーダー、都心店舗の店長を経験。
    その後、店舗開発部で新店舗出店時のレイアウト設計やスタッフの育成、出店準備、VMDの企画・制作などを歴任。
  • システムインテグレーターとして、手術室及び血管造影室の画像・映像配信システムの開発・設計、エンジニアリングを担当。さらに、遠隔手術支援システムの企画・開発を担当し、専門誌へ医師の偏在問題に関する論文を寄稿。
    また、医療向けシステムやフェリーの設備を安全にリモートメンテナンスするソリューションを開発・運用。
    その後、会社のリブランディングプロジェクトへの参画、デジタルマーケティング組織の立ち上げ、メディカル組織のマネジメントを経験。
  • 論文 医師偏在の課題と向き合う遠隔手術支援ソリューション(CiNiiで検索
  • 論文 手術室の生産性向上に貢献する医療映像ソリューション(CiNiiで検索
  • 現在、企業向けにIT技術者育成セミナー(ネットワーク/ウェブデザイン等)を主催しております。