※この記事のアイキャッチ画像は、DALL·Eで生成しました。
この数年、感染症の広がりによって市場は大きく変化を遂げました。それに伴って、物を売るセールスマンにもこれまでとは異なる価値観での営業活動が求められるようになっています。
待っていても物が売れていかない世の中では、半ば強引な戦術を用いるセールスが蔓延します。それに伴って顧客側も疲弊して来ているのが現状かと思います。
この記事のインデックス
顧客の価値観を知ることからスタートする
もう20年近く前のことですが、私が上京した頃の話です。
私は北関東から引っ越してきたばかりで、都会の環境に慣れることに精一杯でした。
そんなある日、近所の商店街を歩いていると、唐突に靴屋の前で店員さんに足を止められました。
「お兄さん、その靴かなりすり減っているわよ、そのままじゃ雨の日に滑るかも」
唐突だったので、最初は笑ってごまかして通り過ぎようとしました。
金物屋で買った小型の物干しを持った私を見て、店員さんは上京したばかりであることに気がついたらしく、「家はご近所ですか?この近くにすごく評判の銭湯があるのよ」と声を掛けてきました。
それを聞いて思わず「どの辺ですか?」と答えた私に、「ソールに溝が無いよ、絶対滑るから」と言って私を店の中へ手招いて、奥からいくつかの靴を出してきました。
色々と会話していくうちに、地元のことやこれから始める仕事のことで盛り上がり、いつの間にか1万円以上の靴と中敷き、手入れ用品まで買っていました。
店員さんはガッチリとした体型の私を見て、その足にフィットする靴の形を選んでくれて、靴擦れがしにくいようにと配慮もしてくれました。
また、せっかく高い靴を買うのだからと、手入れ用のグッズも勧めてくれたのです。
元々、靴は買い換えるつもりでした。
しかし、引っ越したばかりだし、チェーン店の店頭に並んでいるような4千円ぐらいの安いものでいいかと思っていたところです。通常、特にこだわりがなく、とりあえず必要だから買うと思っているものは、コスパの高い安いもので済まそうと考えるものです。
しかし、少し高額な靴を買ってしまった私は、それに対する後悔どころか思いも寄らない満足感を得られたのです。
なぜなら、店員さんはその靴を売る際に、私の今の状況や価値観を聞き出しながら、それにフィットする靴を選んでくれたからです。
私は靴を選びながら、それを履いて満足して街を歩いている自分の姿を思い浮かべていました。
このように相手の持つ価値観を聞き出し、それに沿った商品・サービスを勧める手法を「バリュー・ベースド・セリング」と言います。
つまり、私はその時、靴という「モノ」を購入したわけではなく、靴を履いて楽しく散歩している「コト」を購入し、満足したわけです。
「対面」の機会を価値に変える
今や食品や日用品、家電や音楽・本などのコンテンツに至るまで、全てがネットで買えてしまう時代です。
わざわざ人と会わなくても、ネットを使えば有名店のグルメまでもが家に届きます。
また、コンビニやスーパーに出かけたとしても特に店員さんと話す必要はなく、お会計まで非対面でセルフレジで済ますことが可能です。
だからこそ、「対面」や「接客」はある意味ひとつのイベントとなりつつあるわけです。
もしもそのイベントが、訪れた顧客にとって非対面なネット販売と変わらない価値だったとしたら、いかがでしょうか?
これから先、そこへ行く価値はあるのでしょうか?
これは何も店舗だけの話ではありません。BtoBの営業も昨今はオンライン会議が主流となりつつあります。
皆さんはお客様との対面時に、ちゃんとその価値を出し切れていますか?
「バリュー・ベースド・セリング」とは、決して定量化できない顧客への価値提供に焦点を当てた営業の考え方です。
顧客を知る
顧客がどんな相手なのか、より深く知っておくことはとても重要なことです。
有名な投資家のデイブ・マクルーアの言葉に、
「顧客はあなたのソリューションに興味はない。 興味があるのは、顧客自身の課題だ」というのがあります。
できる限り顧客のパーソナルな課題に目を向けることが、顧客自身のソリューションにたどり着くコツであると言えます。そのためには顧客を深く知ることが重要です。
まずは日頃から、ターゲットとするセグメントの顧客がどんなことに興味があり、どんなことに困っているのかなど、その興味・関心を広く知っておくことが大切です。
BtoBであれば、まずは相手の会社の業種、企業風土、その業界の話題などを知っておく必要がありますし、相手の現在の役割、役職、経験などから予測できることもあるかもしれません。
もしもSNSのアカウントが繋がっていれば、そこから情報を得ることもできるでしょう。
私は相手の会社の企業風土を調べる際に、採用・転職サイト、求人募集などを見ます。そこには企業のコーポレートサイトには無いようなインナーな情報がある場合が多いからです。求人募集では、今その企業がどんな事業に力を入れようとしているかなども垣間見れるかと思います。
質問の機会をつくる
前述の靴屋さんに通ずるところですが、もしも顧客と直接話せる機会を得ることができるなら、今顧客が何を求めているのかをヒアリングすることができます。
その際に、できるだけ相手が「はい」「いいえ」で答えられるクローズドクエスチョンではなく、オープンクエスチョンで会話を進行します。人は具体的に答える必要がある質問を投げかけられると、その質問の答え以外に、その周辺のイメージまで伝えようとしてきます。
単に答えを聞くだけならネットアンケートでも事足ります。その周辺のイメージにこそ、なぜそのような答えに至ったのかというプロセスが隠れているのです。そこを深堀りしていくことで、より深く相手の状況を見極めることができます。
そして、相手が話したい話題が見つかるまで会話の範囲を広げていきます。相手が乗ってきたら、それに対して自分の経験や世間話をしていきます。人は自分の言いたいことを話しているときが一番心地よいからです。
こうしてできるだけ親近感を持たせることで、相手をこちら側のペースに巻き込む、つまり「つかみ」ができるのです。
買う理由を明確にする
たとえば、あなたがご家族とスーパーへ買い物に行ったとして、奥様もしくは旦那様が「今夜は焼き肉にしたい」と言ったとします。
次の3つの言い方をされたとき、あなたならどれを最も許容したくなりますか?
- 「今夜の晩ごはん焼き肉にしない?」
- 「昨日から焼き肉が食べたかったので、今夜は焼き肉にしない?」
- 「今日は肉の日で肉が安いから、焼き肉にしない?」
恐らく、3→2→1の順で説得力を感じるかと思います。
これは行動心理学であきらかにされており、たとえそれが相手の自分勝手な理由であったとしても、2や3のように理由があった方が人は依頼を聞き入れやすくなるのです。
さらに、3のように自分自身にも便益があると感じると、より大きな説得力に繋がります。
これをビジネスにたとえると、「こちらはとてもお勧めの商品です」とお勧めするよりも、「こちらは私たちが自信を持って作り上げたとてもお勧めの商品です」と答える方が良く、さらに「こちらはお客様が先程おっしゃった課題の解決にピッタリのとてもお勧めの商品です」と勧める方がより興味を持ってもらえる確率が上がります。
デモンストレーションを実施する
そのためにも、顧客の便益(ベネフィット)はどこにあるのかを聞き出すことが重要です。
しかし、顧客自身もそれを分かっていないということは多々あることです。
そんなときには、まず商品を実際に使っていただくことが効果的です。その際に、ただ商品を渡して使っていただくのではなく、必ずインストラクションやトレーニングをセットにしましょう。できる限り早く顧客が目的に辿り着けるよう密着してアドバイスすることが重要です。
私がデモンストレーションを行う際には、必ず事前に実際の活用シーンをイメージできるサンプルを入れた状態でセッティングし、一連の活用に必要な機材まで他社に借りるなどして準備しておきます。
そしてデモンストレーションの後には質疑応答の時間を設け、その際に発生した疑問点などは必ず資料にまとめ、期限を決めて顧客へフィードバックするようにしています。
これはリテールビジネスであっても同様のことが言えます。
普段は商品を単独展示していても、顧客へデモンストレーションするシチュエーションに合わせて、具体的に見せられる周辺アクセサリーやそれを使って作成した成果物を準備しておくと良いでしょう。
また、あらゆる質問に備えてFAQを準備しておくことも同様です。
顧客にとって頼れる師となる
これは主に、私が家電業界で働いていたときに心がけていたことです。
顧客は課題を持っているのと同時に、真剣であればあるほど、金銭を支払うなら使いこなしたいと考えています。
靴屋の例で書いたように、顧客が購入するのはモノではなく、コトだからです。
たとえば、デジカメを購入する顧客が単なるガジェットのコレクターで無い限りは、必ずデジカメを使いこなすイメージを持っているはずです。もしくは、写真ではなく、それを持って出かける旅行に価値付けするアイテムと考えているかもしれません。
それなら、顧客が本当に知りたいアドバイスはカメラの機能ではなく、旅行したいと考えている観光地のどこがフォトスポットなのかという情報かもしれません。もしくはそのフォトスポットをより美しく撮影する方法を知りたがっているかもしれないのです。
顧客にとって、真に頼れる営業とはその先の目的達成に精通したパーソンなのです。
興味・関心は人によって異なりますから、何から何まで一人の営業がカバーすることは不可能です。
しかし、せめて自分の扱っている商品の専門分野だけでも、プロとして広く見解を持っていれば、顧客へ師としてアドバイスを贈ることができるはずです。
いつ会っても新しい価値を提供する
信頼できる営業マンは、いつ会っても新しい価値を提供してくれます。
特に自分のテリトリーの最新情報は必ずキャッチアップし、顧客が興味を持って掻い摘んだ以上の情報を与えてあげましょう。
私が六本木で家電量販店の店長をしているときに、ほぼ毎日来店してくる皆勤賞をあげたくなるようなお客様がいらっしゃいました。
そのお客様は毎日のように新しいニュースを仕入れては私に専門的な見解を尋ねてくるため、私も負けじと専門的な視点でそれに応えてあげていました。
最初は「店長」と呼ばれていましたが、いつの間にか「先生」と呼ばれるようになり、その方の友人の方まで頻繁に来店されるようになりました。
もちろん、毎日買っていただけるわけではないですが、その顧客は年間に400〜500万円の買い物をしてくれる顧客になりました。そのようになったのも、その顧客は私が勧めたものを断らず、予算の許す限り上位機種やその周辺アクセサリーまで買っていただいたからです。
そこまで行かなかったとしても、顧客が一人の営業マンを毎回名指ししてくるのは、その方と接することで自分にフィットした体験ができるからです。その体験を継続して顧客をファン化していくことが、まさしく「バリュー・ベースド・セリング」なのです。
顧客の成長に合わせたインストラクションの実施
私がメーカーの直営店をやっていた頃、顧客向けのセミナー販促というのを実施していました。
家電量販店とは異なる価値を提供することが表層的な目的でしたが、真の目的は顧客との関係性を持続し、ずっと自社製品を使い続けていただくことでした。
私は一眼レフカメラを買っていただいたお客様向けのセミナー手法をプロのカメラマンから学び、最初は何となくカメラを購入した初心者向けのセミナー講師を担当しました。
その際に、他の家電店で購入した方も遠慮なくセミナーへご参加いただくことにしていました。そして、セミナーが第2フェーズへ移ると有名なカメラマンが講師となり、有料のセミナーに変わります。
その後も第3、第4 フェーズと撮影のシチュエーションと担当のカメラマンを変えて約一年間のセミナーを開催していきます。
販売店として日常業務があるなか、確かに大変なイベントではありましたが、この「LTV」を高める施策は効果的に働き、なんと年間でカメラとカメラのアクセサリーの売上は4倍にもなりました。
もう一つの成果として、一年間のセミナーに付き添った自分自身の成長がありました。実はセミナー講師を担当するまで、私はカメラにこれっぽちも興味がありませんでした。
そんな私が、いつの間にか店頭でカメラを見ている顧客を積極的に接客し、そのカメラを持つことによって得られるベネフィットをきちんと提供できるようになっていたのです。
もちろん、購入後は自店が開催するセミナーで腕を磨くこともできます。そうやって、気付けば、いつの間にか多くのファンを作り出していました。
体験価値をデータ化する
日本が積み重ねてきた伝統技術やサービス手法は素晴らしいものです。
しかし、それを属人化したままでいれば、永遠に組織として価値を作り出すことは不可能です。
もちろん、物事は手先やデータだけではなく、その人の思考が作り出すものもあるため、中には引き継げないノウハウもあるかもしれません。
しかし、少しずつでもこの体験価値をデータ化し、それを元に会社の誰もが顧客へ同様の体験価値を提供することができれば、形は変わっても伝統は引き継がれていくはずです。
営業も職人とたとえれば、職人はクオリティを落とさないよう、いま目の前のことに集中しようと考えているため、後進の育成に時間を割くことを嫌います。
様々なことをデータ化していくことは、こういった伝統的な価値を伝えていくために有意義な手法なのです。
だからこそ私たちは、営業マンやそれぞれの顧客の持つインサイトをデータ化するツールをお勧めしています。
選ばれるセールスマンが持つスキルは、その方が目の前の顧客と真剣に向き合った実績の積み重ねだと思います。
ですから、決して誰もが簡単に身につけることができるわけではありませんが、その積み重ねを組織として理解し、できるだけ一人ひとりの顧客の立場に立ったサービスを提供していくことは不可能なことではないと思います。
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