企業が生み出す商品は、多かれ少なかれ、必ず顧客にとっての価値に関わるものだと言えます。
商品とは、特定の誰かの課題を解決し、その人の状況をより良くアップデートしていくものでなければなりません。
特定の課題を解決する商品が市場にあふれると コモディティ化 が進み、誰もがその商品が存在しなかった頃にどのような暮らしをしていたのか思い出せないほど、当たり前の存在になります。
そして、その当たり前の商品から別の商品に乗り換えるよう促すには、顧客が強く欲しくなる価値を提示する必要があります。
では、顧客にとっての価値とは何か、そしてどのように見つければいいのでしょう?
今回のブログでは、顧客が購入に踏み切る価値がどのようなもので、どのようなプロセスを経て醸成されるのかを紐解いていきましょう。
筆者はBtoCの現場やマーケティング経験を経て、BtoBにおける現場やマーケティングを経験してきました。特にBtoBにおいては、医療機関向けの設備や大型フェリー向けの設備など、中間顧客を含むエンドユーザーが複数いるような環境でも企画・営業経験を積んできました。
そのため、実践経験を含んだ論理的な手法を知っていただけるはずです。
この記事のインデックス
組織の価値観を統一することが大切
皆さんの会社で新商品を開発した際に、例えば、営業チームは「革新的な省エネ機能」を売りにしているのに、開発チームが注力したのは「デザイン性」だったとしたらどうなるでしょう?
顧客は騙されたと感じ、二度と商品を購入してくれなくなる可能性があります。せっかく時間をかけて開発した新商品が、逆効果になってしまうのは避けたいものです。
当たり前のように思えるかもしれませんが、実際には、組織内で価値に対する認識が共有されず、開発が迷走してしまうケースは少なくありません。商品開発を成功させるためには、まず、組織全体で「どのような価値を顧客に提供するのか」という認識を統一することが重要です。
商品開発においては、まず顧客にとっての商品価値を特定し、それに適合する価値を作り、その価値を伝えるという流れが基本です。
この記事では、開発のスタート地点でありながら、最も難しい「商品価値を特定」する方法を中心に解説していきます。
状況を変えたいという欲求
人は、現状に満足していても、周囲の環境や自身の変化によって、常に新しい欲求が生まれます。例えば、SNSで最新の美容家電を紹介するインフルエンサーの投稿を見て、「もっと綺麗になりたい」という欲求が生まれるかもしれません。
恋人と同棲したり結婚することになれば、新居が必要になるかもしれませんし、会社で昇進すれば、それにふさわしい服装や車が必要になるかもしれません。
人は変化を避けようとする一方で、現状維持にも限界を感じます。そのため、新たな満足を得るために、変化を受け入れるタイミングが訪れるのです。そして、何かを変化させた結果、心地よくなることもあれば不快になることもあるでしょう。どんな人にもそのような状況変化が止め処なく起きているのです。
だから人は、「自分が置かれた状況に応じて物事に対する価値観を変化させる」のです。
大きなイベントがあれば顧客周囲の状況がある程度特定できるかもしれません。しかし、人はたった1日の間でも移動したり、誰かと関わったり、何かを見たり、お腹が減ったりと、様々な変化を遂げます。しかもこれらは多重的に起こるため、他者が一つ一つを把握することなど到底無理な話です。
他者がこれを把握しようとするならば、あまり細かく分析しすぎず、共通点を見つけることで、多くの人に当てはまる欲求を特定できるかもしれません。
脳科学に基づいた心の動き
人間の行動を理解する上で、「情動」と「感情」という2つの心の動きは重要な役割を果たします。
「情動」は不安や恐怖、怒りや悲しみ、喜びなどの強い感情で、行動や表情の変化、自律神経反応や内分泌反応などの身体反応を伴うものです。
例えば、暗闇で突然大きな物音がして恐怖で体が震えたり、プレゼンテーション後、上司から厳しい指摘を受けて顔が紅潮したりするのは、情動の表れです。他者から見ても直感的に分かる心の動きと言えます。
一方、「感情」は、個人の快・不快に基づく主観的な体験であり、「心地よい」「落ち着かない」など、人によって表現が異なります。
「情動」とは、別の言い方をすれば「外部からの刺激に対しての反応」のことです。情動には欲求が満たされた、達成された時に出る「快情動」と、恐怖や嫌悪感などの「不快情動」があります。
つまり、顧客にとって価値の高いものとは、「快情動を感じられるもの」ということになります。
しかし、物事は体験してみても、必ず見た目通りであるとは限りません。
たとえば、とても不機嫌そうな顔をした相手と話してみたら、とても穏やかに相手に気遣う人であったりすることがありますし、美味しそうな見た目の食べ物を食べてみたら、とても不味かったという経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。
これは「環境予測誤差」と呼ばれ、過去の経験や知識から予想していたことと、実際の体験とのギャップによって生じる反応です。このギャップを埋めるために、人は価値観を変化させ、より正確に状況を予測できるよう学習していくのです。
こういったことを応用したマーケティング手法を「知覚価値」と言います。
以下はこの活用について深く解説している記事です。ぜひ、こちらも別の機会に読んでみてください。
商品そのものは価値を持たない
同じ体験をしたからといって、その全員が同じ情動を持つとは限りません。例えば、遊園地のアトラクションで、絶叫マシンを「楽しい!」と感じる人もいれば、「怖い!」と感じる人もいるように、同じ体験でも人によって抱く情動は異なります。
たとえば、ある人はスパイスカレーを食べた時に、様々なスパイスが共創しているかのようなとても奥深い味わいを感じて「快情動」を感じましたが、別のある人はスパイスカレーの辛さで汗をかいたり腹痛が起きたりして「不快情動」を感じたかもしれません。
重要なのは、体験そのものではなく、それをどう捉えるかです。同じ出来事でも、人によってポジティブに捉えたり、ネガティブに捉えたりする、ということです。
ですから、どんなに作り手が顧客に刺さる価値のある商品を作ったと考えても、それが快情動のイメージと繋がるか、不快情動のイメージと繋がるかは顧客次第ということになります。
つまり、商品が顧客にとって価値を持つためには、作り手の意図だけでなく、顧客がそれをどう解釈し、どのような感情を抱くかが重要になります。
このように、価値は客観的なものではなく、顧客一人ひとりの主観によって、そして置かれた状況によって変化するのです。
属性ではなく状況を観察する
これまで見てきたように、商品そのものに価値があるのではなく、顧客がどのように感じるかによって価値が決まる、ということが重要です。
いくら企業側が「この商品の価値は◯◯だ」と定義しても、顧客がそれを価値と感じてくれなければ意味がありません。
それでも企業側に求められているのは、顧客が商品価値創造に前向きになれるような企画であり、経験則から得たBelief(信念)をもとに、常に顧客と向き合ってアップデートしていくことです。
顧客の状況を理解するとは、単に年齢や性別などの属性で分類するのではなく、彼らがどのような経験をし、どのような状況に置かれているのかを深く理解することです。そうすることで、真のニーズが見えてきます。
顧客は必ずしも自らに「快情動」をもたらす商品に、リアルなイメージやアイデアがあるわけではありません。企業側はターゲットとしている顧客の状況を理解し、それをどのような状況にアップデートしていきたいかというアントレプレナーシップ(起業家精神)で、顧客に気付きを与えることが重要です。
ジョブ理論研究家であるアラン・クレメント氏は、企業のあるべき姿をこう表現しています。
プロダクトをアップグレードするのではなく、ユーザーをアップグレードするのです。
よりよいカメラをつくるのではなく、よりよいフォトグラファーを生み出しましょう
韓国コスメの事例
例えば、2024年の日本のコスメ売上ランキングでは、上位ランクを韓国コスメ(Kcosme)が多く占めています。これは韓国コスメのデザイン性やこれまでになかった価値観を持つコスメの提案というのが根幹にあり、さらに物価高の影響で、ベースメイクはデパコスでしっかりやって後は安く済ませようという消費者心理が影響していると言われています。
Kcosmeのプロダクトは日本の若年層に韓流というビジュアル中心の新しい世界観を与え、スピード感を持って新しいコスメの消費イメージを想起させ、幅広い共感を呼んでいます。
産業構造としても、Kcosmeは韓国独自の巨大な「OEM・ODM」を活用し、ベンチャーを迅速に育てて新しい価値を消費者に訴求し続ける戦略を取っています。そのパワーで日本や欧米、中国、ASEANでシェアを伸ばしています。そこに韓国政府も2022年に「K-Beautyの革新総合戦略」を打ち出し、世界トップ100の企業数を現在の4社から7社に増加させ、新たに9万人の雇用を創出することを目指しています。
家電メーカーの事例
また、ソニーグループなど日本のカメラメーカーでは、購入前の顧客に対するフリーセミナーを積極的に展開しています。顧客が徐々に体験を積み上げてカメラに興味を持つことで、やがて上得意顧客になっていただくといった戦略を取っています。以前、私もそういった部門で勤務していたことがあります。
顧客は初心者向けセミナーをいくつかクリアした後、今度は有償のセミナーに誘われます。ここで興味をもった顧客は撮影会付きのプロカメラマン主催セミナーに参加し、遂に自分が撮影したい被写体がどんなものなのかに気付かされます。
そこから先は自分のカメラを購入し、自分が撮影したい被写体に必要なレンズや周辺機器を購入していきます。やがて半年以上経過するとビギナーだった顧客はまるでフォトグラファーを目指すかのように、さらなる上位機種の購入へ向け購買意欲を高めていきます。メーカー側はアップデートした顧客のニーズに答え続けられるように、さらに商品開発をアップデートしていきます。
まさに提供側が経験則から得たBelief(信念)をもとに、常に顧客と向き合って顧客の価値観と商品戦略をアップデートしていくという理想的な形です。
カメラメーカーの例では、顧客にカメラの知識や技術を習得させることで、顧客の「写真撮影」に対する価値観を変化させ、より高レベルな写真愛好家へと「アップグレード」させていると言えるでしょう。
昨今、経営が厳しくなっている地域密着の専門店では、顧客との結びつきを強固にするため、メーカーと連携したセミナー販促を実施するケースが増えています。メーカーと連携し、製品の使い方や楽しみ方を伝えるセミナーやワークショップなどを開催することで、顧客との接点を増やし、深い関係性を築くことができるのです。
メーカーは、地域密着専門店と協力して顧客コミュニティを形成することで、顧客との密接な関係性を築き、変化するニーズを迅速に捉えています。さらに、メーカーが直営店を運営するのも、顧客との接点を増やし、ニーズを把握するための一つの戦略と言えるでしょう。
例えば、家電メーカーのソニーは、1966年に銀座にショールームを開業し、顧客との直接的な接点を重視したマーケティングをいち早く展開しました。その後、1980年代からは、関連企業を通じて国内外に直営店舗を複数展開し、この取り組みを強化していきました。顧客の声を直接聞き、製品開発やサービス向上に活かす活動を継続してきたのです。
近年ではアップルストアの方が有名ですが、ソニーのこうした長年の活動が、日本ブランドの知名度向上に大きく貢献してきたと言えるでしょう。
ソニーが設立された当初、既に大手の家電メーカーが存在し、日本市場はまだ豊かではありませんでした。そのような状況下で、娯楽カテゴリーに特化した商品を広めていくのは、並大抵のことではなかったでしょう。さらに、まだ世界で信頼を得られていない日本ブランドとして欧米に売り込んでいくのは、大変な苦労があったと想像できます。
私自身も、1990年代前半から2010年頃まで、販売現場からWeb直販まで、様々な経験を積んできました。今ではBtoB中心ですが、その後の家電量販店での店舗経営や店舗開発経験もあり、顧客との接点を大切にすることの重要性を痛感し、現在に至っています。
最後に「サービス・ドミナント・ロジック」について
サービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)という考え方をご存知でしょうか? これは、サービスマーケティングの分野で著名なロバート・ラッシュ氏とスティーブン・バーゴ氏らが提唱した考え方です。
S-Dロジックでは、価値とは、顧客が実際に体験を通して感じるものであり、さらに、企業と顧客が共に作り上げていくものであるとされています。そのため、製品そのものに価値があるのではなく、顧客との相互作用によって価値が生まれるという点が重要です。前述の文章で触れた内容と重なりますが、S-Dロジックでは、以下のように定義しています。
- サービスが交換の基本的基盤である:
これは、商品やサービスの提供だけでなく、顧客との相互作用を通して価値が創造されることを意味します。 - 顧客は常に価値の共創者である:
顧客は、単に商品やサービスを受け取る側ではなく、積極的に価値創造に参加する存在であると考えられています。 - すべての経済的および社会的アクターが資源統合者である:
企業、顧客、その他の関係者全てが、それぞれの資源を持ち寄り、連携することで価値が創造されるとされています。 - 価値はつねに受益者によって独自にかつ現象学的に判断される:
価値は、客観的に決まっているものではなく、顧客一人ひとりの主観的な体験によって決定されるということです。
つまり、ビジネスの目的は、単に商品を売ることではなく、顧客にサービスを提供することで、顧客の生活を豊かにし、満足度を高めることにある、ということです。
顧客は、アクティブな価値創出の参加者です。彼らのフィードバックや使用方法などを分析することで、製品やサービスの価値を高めることができます。
製品の価値創造は、様々な企業や顧客、パートナーが互いに時間や技術、知識を統合し、協力することで実現します。
価値とは、一概に定義できる絶対的な存在ではありません。それを利用する顧客によって、異なる視点から様々に体験され、評価されるものです。
様々なグッズは、あくまでサービス提供のための手段であり、顧客とのインタラクションの中で価値を共創していくという視点が重要です。
S-Dロジックの視点から考えると、商品価値は、「製品・商品」「サービス」「顧客」「状況」という4つの要素が相互に作用し合い、変化していく動的なものとして捉えることができます。
今回は「顧客にとっての価値を特定する」という目的について、事例を織り交ぜて記事を書かせていただきました。いかがだったでしょうか?「そんな基本的なこと今さら言われても」という方もいらっしゃれば、「なるほど言われてみればそうかも」という方もいらっしゃったかもしれません。
次回は「体験価値を生む仕組み」を目的に、状況と体験の関係性などについて解説したブログを書こうと思っていますので、よろしくお願い致します。
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