新しい商品を企画・開発するのは、本当に難しいですよね。
商品企画・開発とは、自社の顧客を理解し、商品価値をそれら顧客のニーズに合致させる必要があります。
しかし、そもそも私たちは他者を理解することにどれぐらい長けているのでしょう?
この記事のインデックス
帰属バイアス
心理学では、人は誰でも「帰属バイアス」という認知の偏りを持つことが知られています。
たとえば、会社のプロジェクトがうまくいかなかった際に、その当事者をあなたはどのように評価するでしょうか?
「彼はマイペースなところがあるからな…」、「彼女はこういうセンスないからな…」
というように、他者の性格や価値観など内的な要因「属性要因」からその行動を解釈しようとする傾向があると言われています。
また逆に、自分がプロジェクトの当事者だった場合は、「仕事が集中して忙しかったからな…」、「こんな景況なのにうまくいくわけがない…」など、自らの内的な要因よりも、外的な「状況要因」に行動の理由を求める傾向があります。
つまり、人は外的な「状況要因」に、自らの行動の意味を求めようとする傾向があるということです。
今回の記事は、行動経済学の知見を交えながら、人はどのようなプロセスで状況変化を捉え、それを価値付けしていくのかについて詳しく解説します。
この記事には前編があります。以下の記事も合わせて御覧ください。
人が状況を変えたいタイミングとは?
人はなぜ、今の状況を変えたいと考えるようになるのでしょう?
米国の経営学者クレイトン・クリステンセン教授によって提唱されたジョブ理論では、その動機には次の3つがあると言っています。
- 機能的ジョブ: ある目的を達成するために商品やサービスに求める機能のことです。それらに不便さを感じると状況を変えようと行動します。
- 感情的ジョブ: こうなりたいという欲求や希望、逃れたいと思う恐怖など、内面的な感情から行動しようと考えます。
- 社会的ジョブ: 周囲からどう見られ、どう思われたいかといった承認欲求から行動しようと考えます。
ジョブとは、「顧客が達成したい本来の目的」を指します。そして、それらのジョブを達成するために特定の商品やサービスを採用することで自身はジョブから開放されるため、そこに商品やサービスの価値が生まれるという理論です。
つまり、ニーズは表層的に現れたものであるのに対して、ジョブはそのニーズが形成される要因となった、さらに潜在的なものであると理解できます。
であるがゆえ、ジョブを理解しなければ、真の顧客ニーズは見えてこないということです。
商品価値はどのようなプロセスで感じられるのか?
では、このジョブ理論に基づいて、顧客が状況を変えたいと感じる価値を提供するには、どのようにすれば良いのでしょうか?
UXやデザインに関する人の認知や心理について先駆的な貢献をされたドナルド・ノーマン氏が、他の研究者と共に行った情動に関する研究から、人が商品・サービスを体験する際の情動には以下の3つのレベルがあるということが分かったそうです。
- 本能レベル: 見た目の良さ、感情に訴えるもの
- 行動レベル: 使って良いと感じるもの、満足できるようなもの
- 内省レベル: 使った後に感じる意義や社会的な価値など
つまり、本能レベルを商品・サービスの認知段階と捉え、行動レベルを使用する(体験する)段階と捉えます。そして、内省レベルは体験後の思いや印象と捉えることができます。
この一連の流れを最新型のスマートフォンと例えるなら、最初にネット広告や口コミ、レビューなどで商品を認知し、自分好みのデザインと認識し、さらに機能への期待で購買意欲が高まります(本能レベル)。
そして、実際に携帯電話ショップで実機に触れたり、スタッフから機能の説明を受けることで、そのスマートフォンの実際のデザインの良さや使い勝手の良さ、新たにできることへの期待を高めます(行動レベル)。
そして最後に、それを入手することによって生じる誇らしさをイメージし、高いステータスを得ることによって承認欲求を満たせるといった期待が生じます。
このように、時系列で顧客が体験する一連の価値付けプロセスを「体験価値」と言います。
快情動と不快情動のせめぎ合い
以前の記事で、脳科学に基づいた心の動きについて、「情動」があると解説しました。
情動には欲求が満たされた、達成された時に出る「快情動」と、恐怖や嫌悪感などの「不快情動」があり、顧客にとって価値の高いものとは、「快情動を感じられるもの」という解説をしました。
ジョブ理論では、顧客が体験価値を醸成するプロセスには、この「快情動」と「不快情動」のせめぎ合い「顧客プログレス4つの力」があると言っています。
- Push: 現状には不満がある
- Habit: 現状のままが楽でいい
- Pull: 新しい体験は魅力的である
- Anxiety: 新しい体験は不安である
つまり、(Push+Pull)>(Habit+Anxiety)ならば、新しい商品・サービスに価値を感じ、その逆ならば今のままの状況に留まるということになります。
この快情動と不快情動の力は、様々な組み合わせとバランスで起こることがあります。
たとえば、現状への不満(Push)がとても耐えられないぐらい大きなレベルであれば、新しい体験が魅力的(Pull)でなかったとしても、人は状況変化しようと努めます。
もし、現在顧客へ既存商品・サービスのリニューアルをお勧めしている方がいらっしゃったら、この4つの力のどれが何に当たり、Push x Pull を強くするにはどんな施策が必要かといった議論をしてみるのがお勧めです。
確証バイアスの罠
たとえば、これは私の経験です。
以前、味噌を使った炒め物を作ろうとして、味噌を切らしていたことに気が付きました。そこで、何も迷わず近所のスーパーへ行き、いつもの味噌を購入しました。
しかし、作った料理を食べてみたら、どうも平凡で一味足らないことに気付かされます。
出汁の問題なのか、味噌と素材とのバランスの問題なのか、その時点ではよく分かりませんでした。
そこで後日、少し嗜好性の高い商品を売っているスーパーへ行き、様々な調味料が売っていることに驚かされます。そこで店員さんからかつお味噌という商品の試食を勧められ、そこに私が求めていた味わいを感じることができ、それを購入しました。
それを使ったレシピをネットで調べて、なすと豚肉のかつお味噌炒めを作って食べました。そこには他の調味料も出汁も一切加えていません。調味料を工夫しなくとも、これまでにない深い味わいの体験ができたのです。
最初に何も迷わず近所のスーパーへ味噌を買いに行った際は、他にもっと自分の好みに合う選択肢があることに気がついていませんでした。
このように、人は自分の知っている選択肢の外にあるものは中々考慮することができません。
これは、新しい選択肢を認知し検討する前に、行動する意思を固めてしまっているためです。
人には「確証バイアス」というものが働きやすいと言われています。
「確証バイアス」とは、仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のことを言います。
つまり、誰しも、自分が最初に持っている情報が不十分であるという可能性には目が向きづらいのです。
顧客がPush(現状には不満を持つ)の段階で、認知のみならずPull(魅力的な新しい体験)を届けていなければ、顧客は Habit x Anxiety の葛藤と闘いながら、思いとどまるかそれとなく普通の別の商品・サービスにシフトしていくだけです。
特にBtoBの場合、たとえ一度顧客から断られたとしても、怠らず定期的にアプローチを行うことが大切なのです。
また、もう一つ大切なことがあります。
顧客は購入前までに以前の商品・サービスからの離反(Push)と魅力的な新しい商品・サービスへの期待(Pull)を強く感じますが、新しい状況が定着し落ち着いてくると、今度は既存となった新商品・サービスの評価がスタートします。もしもそこでPushを感じるような不満が生じてしまうと、早々と離反が発生することになるかもしれません。
特に昨今多く見られるサブスクリプションサービスでは、最初に無償期間を設け、その期間の体験から有償プランへのアップグレードを促すことが多いかと思います。
つまり、ニーズが生まれる段階の状況変化が大切なのはもちろんのこと、購入後の状況変化にも着目することが非常に大切であるということです。
ここを見落としてしまい、短期間で離反されてしまうというケースはよくあるので、注意が必要です。購入後に多くの方が利用する施設や設備などについては、購入後一定期間を経た後で事例取材やインタビューを実施したり、あらかじめ設けた定期保守点検を営業担当も同行のうえで実施するなどで、次回の離反を防ぐことができます。
ニーズの前に状況がある
商品・サービスの開発では、顧客のニーズを知ることは重要です。
しかし、このような状況変化のプロセスを読み解いていくと、まず前提として顧客の状況があり、それがニーズを発露するきっかけになるという関係性が見えてきます。
広告に喚起されて「新しい商品が欲しい」と衝動的に行動しているように見えるかもしれませんが、体験価値や顧客プログレス4つの力の話を振り返ると、実はそれだけが商品価値の決め手ではないことがよく分かります。
企画・開発チームは、PushやPullの背景となるコンテクスト(文脈)や顧客の置かれた状況を理解しようとすることで、より的確な体験価値を提供することができるようになるはずです。
たとえば、ある日彼女と来週末にデートの約束をしました。
彼女はいつもおしゃれなカフェへ行くので、今回もカフェを探しておきます。そこまでは過去の経験と彼女の好みで分かったとして、実際どのエリアのどんなカフェを選定したら良いかまでは分かりません。
しかし、もしも彼女がインスタを見ていて、キルフェボンのフルーツタルトに興味を持っていることや、MUJI銀座へショッピングに行きたいとリサーチしていたことを知っていれば、「デートは銀座のキルフェボンにして、そのカ帰りにMUJI銀座へ行こう」といった感じに、彼女がより高い価値を感じるプランを立てることができます。
前回の記事とこの記事を読んでいただければ、商品価値は顧客の状況が作るものであることが、おおよそ理解できたかと思います。
次回はこれらの顧客体験を最大限に活かすための商品・サービス作りについて解説する記事を書いていきます。
また、過去に書いたコンテクストに関する記事や、知覚価値に関する記事もご参考になるかと思いますので、ぜひご一読ください。
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